複数社の見積もり料金を入手できたら

諸外国の交通技術者からは高い評価をいただいている。しかし、前述した例外条項による小型貨物車の扱いは、当時の交通量の少ないなかでの例外対応としたものと考えられるが、後述するように、都市交通管理上のネックとなり、今日に至っている。

昭和40年代以降の駐車対策昭和40年代以降の高度成長期に、自動車が一般家庭にまで普及していった結果、自動車交通は飛躍的な増大をみせた。1971(昭和46)年から、東京では、「光化学スモッグ」が大きな社会問題となった。自動車交通による環境悪化問題が激化した結果、自動車交通の総量規制についての議論が各都市で活発化していった。そして、自動車交通を削減していくためには、サカイ引越センター新たな道路や駐車場をつくるべきではない、という考え方が提唱されていた。当時は美濃部東京都知事時代で、東京都内に流入する自動車交通を抑制する思想が強いこともあって、TDMの基本である都心部の路上駐車を禁止し、通勤などで終日路上駐車している自動車を締め出す政策をとった。

Written by